20260905_8月の記録
今月は、8/3~8/6の4日間、香川へ旅行にいきました。それから8/13くらいまで記録も記憶もないんだけど多分EscapeFromTarkovをしていて、8/16から8/28あたりまでは、思いついたことしていて、9/4までやることの締め切りに追われて、頬より上が真っ黒の顔をしていました。
作曲
できないけど、できたら(する前の自分が)素晴らしいと考える(ようなグローバルな価値のありそうな)ことをできるようにするよりは、自然にできる(けれどそれをできる&それしかできないのは偶然で偏っているので一般的な作品作りを想定するときに自分では制約だと感じていることの)をして、制約の淵の問題にあたったほうががいいかもしれない。そのほうが手が止まらないし、よりローカルな問題なので結果も人らしいし面白い。ということを思う。そう思うようになったきかっけなのか?それを裏付けることになった?ことになる作曲をしていた。
具体的に自分が思う制約となぜ制約だと感じるのかと、なぜ偶然そうであるのか、それでいいよ、回避しようとしてできるようにしていたことを言うと以下の通り。
●切り貼りマスロックでしか退屈しないリズムをつくれない。
・なぜ制約だと思っているのか
歌を載せるには複雑すぎる。帯域が広く音量が大きくアタックのあるものを重ねてリズムの始点を作るのでやかましい。細かく無音を入れて境界がはっきりすることが大切なのでリリースの長い音が使えない。ダンスミュージックすぎる音楽しか作れない。
・なぜそうなったのかと思っているのか
楽器を演奏することなどほかの音楽の仕方を知らず、DAWと切り貼り音楽のみを知っているから。metaroomだから。複雑で緊張感があるリズムでないと退屈するから。
・それでいいよ
歌は載せられるしパートをわければいい。ダンスミュージックすぎるというけれど楽器を変えれば印象が変わるのであまり関係ない。複雑で緊張感のあるリズムが好きならそれをやればいい。つまり演奏を知らないからグリッド上の移動で面白いリズムを作るしかなくてそうなったと考えているんだとおもうけど、それが自分の使える楽器ということだ。やかましいのは問題だが解決できると思う。
・回避
周期的な音楽を作ろうとして、リフかと思っていた。またはリズムのない音楽でもいいかと思っていた。
●メロディらしきものを複数の細かいものとしてでしか作れない。
・なぜ制約だと思っているのか
歌は単線的なものだから。
・なぜそうなったのかと思っているのか
歌の音楽をあまり聞かず、歌う習慣もあまりなく、打ち込み音楽を聴き、打ち込み音楽を作っていたから。
・それでいいよ
総合して1本選んで単線化すればいい。合唱などで散発的なフレーズの音楽などもあるしそれもいい。歌を作るのが難しいと感じるのはハーモニーによる進行の仕方を知らないからという別の問題が原因だったかもしれず、リミックスカバー→作曲の方法で解決できている。
・回避
単線的な歌を載せられるような周期的な音楽を作ろうとしていた、リフかと思っていた。または歌のない音楽を作っていた。
今月はこの2つをそれでいいよと思えて、フローラルスタンダード・フローラルスタート・フローラルタルトとあと二つほどをつくって、よかった。
音楽の名前をmoruurunnに変えていたんだけどyuruyuru runtimeに戻した。この二単語名前ってmetaroomたちが好きだったからつけていたんだと思い出した。
フローラルスタンダード_自分の中でオーソドックスな切り貼りマスロック
フローラルスタート_リズムの取り方は同じで楽器がフルート
フローラルタルト_楽器がピアノ
不思議に思うのは、4,5月の記録を見ると、もっと無私的になんでもできるかのように淡々とやるのが面白いというようなことを言っていることだ。その前まで描いていた絵では明らかに、色を使うのが難しいという制約を受け入れて階調を絞って白黒のバランスに集中することで、平面的なダイナミックさや透明だったりというローカルで面白い課題をして、しかも上手くいっていたというのに。不思議とは言ったがそう思った理由は覚えていて、同時に顔芸研究もしていたし、かわいい顔を作ったり絵を理解可能なものにするには無私的に、グローバルな良さをそなえることが大事らしいという気づきがあり、強く意識したからだと思う。
3Dとアニメーション
自分の絵の途中の状態をみて、紙パペット風に動く予感がして試していた。
先月は絵を元に立体化して動かしてみたけど、設計と制作が分離していて、工程に従うだけになる作業がつらく、3Dソフト上で絵を描くようにシーンを作りたいと思っていた。
この方法は私の絵の理解に近い平面さがあるし、投げ縄のように手早く形を置ける軽さがあっていいと思う。
ペーパーマリオや毛糸のカービィなど、横スクロールで素材感と平面性を題材にしたビジュアルがあると思うけど、そういうかわいさがある。しかし、作っている世界を積極的におもちゃの世界にするのは自分にとってどうなんだろうか。
あつまれどうぶつの森で、前作から比べて 物体の描写がよりシルバニアファミリーのようなミニチュア感あふれる感じなったのを見て、どうぶつの森を好きだった時、画面を通してドールハウスを見ているのではなくて、デフォルメされているけど実際に生きている世界を見てるつもりになっていたのだと思ったことがある。
フラワーアレンジメント

植物形態学の花弁のフォルムの分類に従い、16種類作り、変形して楽しんだ。
花弁の形を厚みではない方法で平面で立体をつくる方法の例だと思うと驚きがある。対称面を残して変形するのが3Dソフトの都合で簡単にできて、遊びの道具が生まれている。

ヘッケルとルネ・ビネのように、自然物をある目的をもって記録することと、そのリソースを新しく驚きのある形をつくるというまた別の目的のために使うこと、のような関係について調べていて、実際にしてみたというものです。
L-systemのように構造と外形の特徴の両方が残っている変形の仕方をいいと思っている。
そのままの形すぎるといまいち、バイオモルフィズムは観念的すぎる、ミクロかマクロすぎる特徴を拾っていて生地のようになってしまっている使用もいいけど、生地の特性を無視して仕立てることや、硬直して具体的なフォルムにしないのはいまいち。といった具合にどうあってほしいかの趣味がある。
レゴでは、X2マスY1マスZ1マスのブロックがあれば、レゴ性のある物体は何でも作ることができるから純粋ではあるけど、XY1マスZ4マスとかのがあったりすることで形の想像が刺激されるし、さらにお花のミニフィグとか透明のパーツとかがあることでレゴ性とは別方向の刺激がある。形を作ることを作るときには、具体的で純粋じゃない要素が入っていてほしい。
自然物をもとにするときは、その物理的な性質に注目すると最後はX2Y1Z1になってしまうので、詩的なイメージやその時点での具体的なフォルムを残すのが大切だと思う。
旅行
自分の意志で旅行するの初めてで楽しかった。香川出身の友達に案内してもらった。視界が開けていて、中くらいの山がポコポコとあって遠さがあり、全体的に青/緑っぽくて気持ちがよかった・・・。瀬戸大橋記念公園で、空が青く明るい奥行きのない面となった涼しい夕方で、波の音をきいて寝たのと、だれもいないような川で裸で泳いだり石を集めたりしたのが、思い出すといい気分になる。めっちゃヤドンがいた。
読んだもの
ココロのヒカリ
谷川俊太路 文本永定正 絵
ヴァレリー詩集
鈴木慎太郎訳
filmmaker's eye
グスタボ・メルカード 著
マスターショット100
クリストファー・ケンワーシー 著 吉田俊太郎 訳
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